パズーの幸福と呪縛

ジャケット
©1986 制作:徳間書店 スタジオジブリ 配給:東映

 先日、久しぶりにラピュタを観ました。本来冒険活劇である本作ですが、大人になって歴史や社会のことを学んでから観ると、それぞれのシーンやその設定の作り込みに驚いたり哀れを知るわけです。これは単なるボーイミーツガールではなく、案外構造的に複雑で泣けてきます、流石は宮崎監督。

 パズーの境涯を考えた時、彼は幸せだっただろうかとふと思います。今回はジブリの『天空の城ラピュタ』について書いていきましょう。

ここはテンプレ
[映像作品における上映時間というのは文章の文字数制限のようなものです、なので余分を入れる可能性は低い。ならばどのシーンにも意味があるはずです、色々読み取れると思いますがここでは私の好きな解釈を紹介していこうと思います。鑑賞済みの方向けです。]

「父さんは詐欺師扱いされて死んじゃった…けど、ぼくの父さんはうそつきじゃないよ!今、本物を作ってるんだ。きっとぼくがラピュタを見つけてみせる。」

 パズーは若くして炭鉱で働く労働者です。彼は大きな家に一人で住んでいて、仕事中に空から降ってきたシータをその家で介抱します。上のセリフは目覚めたシータに身の上を話したもの。
 ここ、子供のころは気付きませんでしたが、父親が詐欺師扱いされて家族は潔白と扱われるわけがありません。本人は言いませんが、おそらく何らかの差別を受けたトラウマもあるでしょう。ラピュタの有無はともかく、物語以前から彼はラピュタの呪縛を受けているわけです。そう考えると、上のセリフはさわやかな夢ではなく結構モヤモヤした闇をまとったものに思えるのです。

 ちょっと彼の生活状況を考えてみましょう。調べたところ1900年前後の炭鉱夫は平均寿命が30代前半だそうで、死因は呼吸器の障害が主。また、炭鉱現場での事故死も多く、労働環境は劣悪なようです。多分、パズーも知り合いが事故死した経験があるでしょう。そしておまけに家族がいない。歴史的にみて、兵隊にしろ作業員にしろみなしごは粗末に扱われます、死んでも誰も文句を言わないからです(あの親方が酷い人だとは思えないですけどね)。それと家、彼は町から離れた山手に暮らしていましたが古今東西、山手に大きな家を持ってる人なんて貴族か名士だけでしょう。父親の冒険飛行家という職がよくわかりませんが元々が労働者階級ではない家柄か、もしくは高給取りだったのかも知れません。ただ住むだけなら町に住んだ方が職場も近くて便利なはずですが、家族との思い出があるんですかね。ただ、あの家が「大きくない」とか「山手ではない」ということであれば話は別です、私は欧州の農民の標準をよく知りませんので…。

 果たして、彼の夢とは自分で選んだものだったのでしょうか。
炭鉱夫
炭鉱夫2
炭鉱夫のみなさん

「君が空から降りてきたとき、ドキドキしたんだ。きっと、素敵なことが始まったんだって。」

 海賊から逃げた後の洞窟での発言です。父親が亡くなり、裕福な生活から一転して差別をされ、若くして炭鉱夫として働かなくてはならない。更に、鉱山は不景気でラピュタを探しにいくどころか将来の見通しも立たない状況。それを考えると上のセリフが非常に哀れなものに思えてくるのです。この発言を逆に捉えれば、彼は日常の中にどこか閉塞感を感じて生きていたのではないでしょうか。自分はどこにもいけないかもしれない、いつ事故に遭うかもしれない、というような。正解はありませんが、設定のリアリティに凝る宮崎監督のことですから考え過ぎではない気がします。
 そんな見通しが立たない中でようやく見つけた光明がシータと飛行石です、パズーはシータが美少女だからテンションが上がったわけではないのです。というか上のセリフは本来女の子が言うもんじゃないかな。

「これはわずかだが、心ばかりのお礼だ。とっておきたまえ。」

 洞窟の出口で兵隊に囲まれる二人。そのまま軍に捕まり、シータはパズーの無事と引き換えに軍に協力することになります。当然ムスカはこの取引は内密に、シータを保護してくれたお礼にと金貨3枚を握らせてパズーを追い出します。オメオメと帰っていくパズーですが、ラピュタから遠ざかる失望と軍に対しての無力感が悔しくて道の途中で金貨を投げつけようとします。が、それができません。

 はい、ここ屈指の名シーンです(個人的に)。どういうことかと言うと、彼は労働力の対価に賃金を得ています、状況的にお金がないと生きていけない彼はそれを投げ捨てることもできず、しかし現象としてはシータとの引き換えが成立し、不甲斐なさにうずくまってしまうのです。悔しくて仕方ないのに経済からは離れられない、ここは同じ労働者になった今は胸に迫るシーンなんです。こういうシーンを挟むあたり、宮崎監督はちょっとイジワルですね。
パズー
 因みに金貨3枚の価値をぐぐってみましたが、江戸時代の日本の小判3枚で小姓の年収くらいだそうです。江戸時代といっても時期によるでしょうが、金貨3枚もパズーの年収相当と推測しときましょう。

「やれやれ。娘を金で売ったのかい?」

 パズーの家にて、ドーラに早速痛いとこをつかれます。自分が人質となっていたことに気付き、シータを助けるためにドーラ一家に加わるパズー。40秒で支度します。

 えーと、テーマから外れる気がしますが重要なとこなので一応説明。パズーは海賊から逃げる時は“追われたから逃げた”という感じで、特に決断はありませんでした。それでもおかみさんから「守ってやんな」と言われたり、ラピュタへの好奇心で奮起はしました。ですが、今回は自ら選んだ道です、なりゆきや好奇心ではなくシータを助けたいという利他的な理由。ここが成長と初の出立のシーンということになります。これは一般論。
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